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リフレクシブ・テーマ分析(RTA)

自由記述やインタビューなどの 質的データ から,研究上意味のある テーマ(Theme) を見出すための分析手法.Virginia Braun と Victoria Clarke が提唱した Reflexive Thematic Analysis(RTA) は,研究者の主観性を「排除すべきバイアス」ではなく 「分析の資源(resource)」 として積極的に活かす点に最大の特徴があります.

このページで扱うこと

  • RTAの基礎用語と6つのフェーズ
  • ゼミ演習プラン(サウンドアート作品「真鈴」のアンケートを題材としたRTA体験)
  • 演習用ワークシート(ダウンロード)

RTAとは

RTAの考え方

  • テーマは「データから自然に浮かび上がるもの」ではなく,研究者が分析を通じて「構築する(construct)」もの
  • コーディングは機械的な分類ではなく 解釈的な行為 である
  • 研究者の 専門性・関心・経験・立ち位置 が分析にどう反映されるかを意識化する(=リフレクシビティ)

主要用語

テーマ(Theme)

データ全体に渡って繰り返し現れる,研究上意味のあるパターン.単なるトピック(話題)の要約ではなく,データの背後にある意味や論点を示す 概念的な単位 として捉えます.

例:作品アンケートから「身体感覚と音響の融合がもたらす没入体験」というテーマを構築する.

コーディング(Coding)

データの一つひとつの単位(文や発言の一区切り)に,その内容や意味を要約する短いラベルを付与する作業.「何が興味深いか,何が気になるか」を判断しながら進める 解釈的な行為 です.

例:「ずっと触っていたくなる感触」という回答に対し,〈持続的な触覚的快〉というコードを付ける.

コード(Code)

コーディングによって付与されたラベルそのもの.テーマ生成の素材となる分析の最小単位.

例:〈癒される〉〈リラックスできる〉〈心地よい〉などはそれぞれ別のコードだが,後にまとめて一つのテーマを支える可能性がある.

リフレクシビティ(Reflexivity)

研究者が自分自身の立ち位置(専門分野,価値観,先行知識,作品との関係など)が分析にどう影響しているかを意識化し,それを 分析の一部として記述する 姿勢.

例:「私はサウンドアートの作り手であり,触覚インタフェースを設計する立場でこの作品を見ている」という自己の位置づけを記しておくと,なぜ〈触覚と音の融合〉に注目したのかが説明できる.

帰納的/演繹的(Inductive / Deductive)

  • 帰納的: 既存の理論や枠組みをいったん脇に置き,データそのものに密着しながらコードやテーマを立ち上げる
  • 演繹的: 既存の理論や仮説をレンズとしてデータを読み,特定の概念がデータにどう現れているかを探る

RTAでは両者を排他的に分けず,「どちらに重心を置くか」のスペクトルとして扱います.

セマンティック/ラテント(Semantic / Latent)

  • セマンティック: 回答者が明示的に語っている,表面的な意味のレベル
  • ラテント: その背後にある前提・価値観・文脈などの潜在的な意味

例:「まるで海の中にいるよう」という記述を,セマンティックには〈海中感覚の比喩〉,ラテントには〈日常からの離脱願望〉と読むこともできる.

RTAの6フェーズ

Braun & Clarke が示すRTAの実践プロセスは,以下の6フェーズに整理されます.ただし直線的に進む手順ではなく,行きつ戻りつしながら何度も繰り返される反復的なプロセス であることに注意してください.

フェーズ名称内容
1データへの親しみ(Familiarisation)データを繰り返し読み,全体の感触をつかむ.気になった箇所にメモ.この時点では分類しない
2コーディング(Coding)データの各箇所に短いラベル(コード)を付与する
3初期テーマの生成(Generating initial themes)コードをグルーピングし,関連するコード群から仮のテーマを立ち上げる
4テーマの発展とレビュー(Developing and reviewing themes)仮テーマがデータ全体にどれだけ整合しているかを確認.重複・分割・統合・破棄を行う
5テーマの精錬・定義・命名(Refining, defining and naming themes)各テーマが何を示すのかを明確に定義し,最終的な名前を与える
6報告(Writing up)分析結果を文章としてまとめる.データの引用とテーマ解釈を織り交ぜる

他の質的分析法との違い

テーマ分析にはいくつかの流派があり,コード一致率を重視する コーディング・リライアビリティ型,コードブックを事前に用意する コードブック型,そして本演習で扱う リフレクシブ型(RTA) があります.RTAは客観性ではなく研究者の主観性を活かす点で他の流派と一線を画します.

また,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)やSCAT,KJ法などデータから概念を立ち上げる手法も存在しますが,それぞれ目的(理論生成/概念整理/発想支援)と前提が異なります.RTAは「テーマを構築すること」自体を目的とし,理論生成までは射程に含めません.


ゼミ演習:「真鈴」アンケートを題材としたRTA体験

演習の目的

サウンドアート作品「真鈴」体験者へのアンケートデータを題材に,RTAの一連のプロセスを実体験します.自分の手と頭でコードを付け,テーマを立ち上げ,互いに議論することで,次の3つを体感的に理解することを目指します.

  1. コーディングが 機械的な分類ではなく解釈的な行為 であること
  2. テーマは「データから自然に出てくる」のではなく,研究者が構築するもの であること
  3. 研究者の 専門性や立ち位置(リフレクシビティ) が分析にどう反映されるか

教材

作品「真鈴」について

ドーム型のインターフェースに触れると,海に関する音響(波音,イルカの声,泡の音など)と振動が出力される作品.硬さの異なる複数のドームが用意されており,体験者は触れ方や押し込み方によって音と触覚の関係性を探索します.

データ

計24名の体験者から得られた 自由記述回答.質問項目は以下の3つ:

  • Q1. ドームの触感について,その他に感じた印象
  • Q2. ドームに触れた際に感じられる音と振動について,印象
  • Q3. 音響も含めた作品全体について,感じた印象

欠損のあるデータ

回答者によって記入されている設問が異なります(全3問に答えた人もいれば,Q3のみの人もいる).これは現実の研究データに近い欠損のあり方であり,コーディング対象として扱う上での良い練習材料となります.

ワークシート(ダウンロード)

下記のExcelファイルをダウンロードして演習に使用してください.シートは4つに分かれています.

  • 演習の進め方 --- 手順の説明
  • コーディング・ワークシート --- コードを記入する作業用シート(黄色セル)
  • テーマ整理シート --- 仮テーマを立ち上げてグルーピングする
  • 元データ(参照用) --- 元の自由記述データ一覧

RTA演習用ワークシート.xlsx をダウンロード

進行スケジュール(90分構成)

時間フェーズ内容
0:00–0:10導入演習の目的と用語確認
0:10–0:20フェーズ1:データへの親しみ全データを通読し,印象に残った箇所をマーキング
0:20–0:40フェーズ2:コーディング個人作業で各回答にコードを付与
0:40–0:55フェーズ3:初期テーマの生成コードを共有・グルーピングし,仮テーマを立ち上げる
0:55–1:10フェーズ4:テーマのレビューと命名テーマを整理・命名する
1:10–1:25フェーズ5:リフレクシビティの議論なぜそのテーマに着目したか,自分の立ち位置を語る
1:25–1:30まとめ教員からの補足,振り返り

各フェーズの進行詳細

フェーズ1:データへの親しみ(10分)

目的: 分析を始める前に,データ全体の感触をつかむ.

  1. ワークシートの自由記述列を全て通読する
  2. 気になった単語・表現・回答者を,付箋やメモで自由にマーキング
  3. この時点では分類しようとせず,「面白い」「ひっかかる」と感じた箇所を残すだけでよい

フェーズ2:コーディング(個人作業,20分)

目的: 各回答に短いラベル(コード)を付ける.コードは記述に密着しすぎず,かといって抽象的すぎない, 解釈を一段加えた言葉 にする.

  1. ワークシートの「コード」列に,各回答の特徴を捉える短い言葉(5〜15字程度)を記入
  2. 1つの回答に複数のコードを付けてもよい.コードは「〈 〉」で囲むと後で識別しやすい
  3. 迷ったら付箋に複数の候補を書き,後で選んでよい
良いコード例 / あまり良くない例

良い例:

  • 〈持続的な触覚的快〉
  • 〈日常からの離脱としての海中比喩〉
  • 〈生体的な振動への共鳴〉

あまり良くない例:

  • 〈気持ち良い〉〈海〉 ── 表面的すぎるラベル
  • 〈作者の意図〉 ── 解釈の飛躍

フェーズ3:初期テーマの生成(15分)

目的: コードをグルーピングし,関連するコード群から仮のテーマを立ち上げる.

  1. 互いのコードを見せ合い,共通点や関連性を探る
  2. 似たコード,関連しそうなコードをまとめてグループを作る.模造紙や付箋を使うと議論しやすい
  3. 各グループに「仮テーマ名」を付ける.この時点では完成形でなくてよい
  4. コードがどのテーマにも収まらない場合は無理にまとめず,「未分類」として残す

フェーズ4:テーマのレビューと命名(15分)

目的: 立ち上げたテーマを共有し,テーマ間の関係性や命名を整える.

  1. それぞれの作業内容を共有する.1テーマあたり2〜3分程度で発表するとよい
  2. 似たテーマ,対立するテーマ,含み合うテーマがないかを確認する
  3. テーマ名を 「現象+意味付け」の形式 で精錬する
    • 例:〈触覚+音響の感覚融合〉 → 〈感覚境界の溶解としての作品体験〉
  4. 最終的に 3〜6個程度のテーマ に収束させると扱いやすい

フェーズ5:リフレクシビティの議論(15分)

目的: なぜそのテーマに着目したのか,自分の専門性・関心・経験がどう影響したかを語り合う.

  1. 「自分はなぜこの言葉に強く反応したのか」を一人ひとり1分で語る
  2. 同じデータに対して人によって着目点が異なることを確認する
  3. 「もし全く別の専門分野の人が分析したら,どんなテーマが出ただろうか」を想像し,議論する
  4. RTAでは, こうした自己の位置の自覚そのものが分析の質を支える という点を確認する

抽出されたテーマ(参考例)

〈光と音響と触感からなる多感覚的癒し〉

「癒される」「心地よい」「ずっと触っていたい」といった反応群を,単なる情動的反応として扱うのではなく,光の演出・音響・触感という複数の感覚チャンネルが協働して立ち上がる 多感覚的な経験 として捉える.クラゲのような可愛らしい形態も,この多感覚的な癒しの場を構成する一要素として位置づけられる.ある体験者が現代社会のストレス状況での必要性や,自分でケアできない人にとっての意義を語っていたことも,この意味付けに連なる.

〈デバイスの形状,振動,柔らかさによる「生命との触れ合い」への没頭〉

ドーム型の形状,内側からの振動,柔らかな弾性素材という物質的な条件が,体験者にとって 「生きものに触れている」かのような感覚 を生み出している点を捉える.「生物の柔肌や胎動,鼓動のような有機的なニュアンス」「クラゲみたいな海の生き物」といった反応は,作品が単なる物体ではなく,ある種の生命を帯びた他者として立ち現れていることを示す.

さらに,押しにくさや力の伝わらなさといった 操作上の引っかかり も,このテーマに連なる.「思っている以上に力が加わってしまう」点を「面白い」と評していた体験者がいたように,意図と応答のずれは,デバイスが意のままに従う「道具」ではなく, 独自の応答の論理をもった他者として立ち現れる契機 となっている.素材の質感が静的に喚起する生命性と,応答のずれが動的に立ち上げる他者性が重なり合い,体験者が「生命との触れ合い」へと没頭していく構造を浮かび上がらせる.

〈音響空間による「海の世界」への没入〉

「海の中にいるよう」「砂の音で海を感じる」「音響につつまれて全身で海を感じる」といった反応を,視覚的・言語的な海の表象としてではなく, 音響空間そのものが構築する想像的な「海の世界」への移行 として捉える.波音・イルカの声・泡の音といった音響素材と,それらが体験者を取り囲む空間配置によって,別世界が立ち上がっていく経験のあり方を含意する.

〈弾性素材と振動フィードバックによる本能的魅力〉

弾性のある素材に触れると振動と音が即時に返ってくる構造そのものへの, 原初的・本能的な反応 を捉える.概念的な解釈を経由せずに作動する「触れたら反応する」という応答性の魅力を含意する.

議論を促す問い

  • 抽出されたテーマとゼミ生のテーマで, 共通する点 はどこか
  • ゼミ生のテーマには出ていて,抽出されたテーマには出ていない視点は何か.逆もあるか
  • 作り手の視点 を持っているがゆえに,見落としていたかもしれない論点はあるか
  • 操作上の引っかかりに関する反応のような, 否定的に読める記述 をテーマに含めるか別扱いにするかは,研究目的によってどう変わりうるか
  • もし研究目的が「触覚インタフェースの感性価値の解明」だった場合,テーマの構成はどう変わるべきか

ディスカッション上のポイント

「正解はない」を意識する

RTAではテーマは構築されるものであり,唯一の正しい分類は存在しない.

コードを早く付けすぎない

フェーズ1で十分にデータと向き合うことが,後の分析の質を決める.「とりあえず分類しよう」とするとパターン認識が浅くなる.

ネガティブな反応も大切にする

「押しにくい」「振動が弱い」といった否定的な記述も,作品体験を構成する重要なデータである.称賛の言葉だけを集めると分析にならない.


参考文献

  • Braun, V., & Clarke, V. (2006). Using thematic analysis in psychology. Qualitative Research in Psychology, 3(2), 77–101.
  • Braun, V., & Clarke, V. (2022). Thematic Analysis: A Practical Guide. SAGE Publications.
  • Braun, V., & Clarke, V. (2019). Reflecting on reflexive thematic analysis. Qualitative Research in Sport, Exercise and Health, 11(4), 589–597.
  • 岡美智代, 石川純子, 上星浩子, 松本光寛, 高橋さつき, 伊藤美鈴 (2022). Virginia Braun and Victoria Clarkeによる再帰的テーマティック分析を中心としたテーマティック分析の概要と分析プロセス. 日本看護研究学会雑誌, 45(2), 145–158. https://doi.org/10.15065/jjsnr.20211222158